世界の哺乳類の数は約6,000種類。その20%を占めるのが、コウモリ目(翼手目)と言われており、現在わかっているだけでも約980~1,200種類のコウモリがいます。これは、ネズミ目(齧歯目)に次ぐ数です。数々の物語や映画などに登場し、あまり良いイメージのないコウモリですが、いずれもが素晴らしい能力をもち、中には花の蜜を吸うような可愛らしい種類もいます。モモンガやムササビのように樹上間の中距離を滑空(すべり降りること)することができる哺乳類はいますが、鳥と同程度、あるいはそれ以上の飛行能力をもつのはコウモリだけです。
コウモリを正しく分類すると、「動物界 ー 脊索動物門 ー 脊椎動物亜門 ー 哺乳網 ー コウモリ目(翼手目)」となります。
さあ、今泉先生がこれまで興味を掻き立てられてきたコウモリの世界をのぞいてみましょう!
わからないことだらけのコウモリの進化
動物の進化を研究するとき、世界各地で発掘された化石を利用する方法に加え、現在生きている動物のDNAから進化の遺伝子情報を読み取る方法(分子進化学)を用いるようになったのは、今から約50年前のこと。空を飛ぶ動物の化石は地上に生息していた動物に比べて少なく、そのため、コウモリがどのようにして進化してきたのか、解明されていない部分が多くあります。今、見つかっている最古のコウモリの化石は、アメリカのワイオミング州から出土したオニコニクテリス・フィネイ(Onychonycteris finneyi)で、5,250万年前のもの。その化石は現在のアジア産のオオコウモリの姿形に似ています。簡単なエコーロケーション(=反響定位。自分が出した音の跳ね返りによって周りの物の位置を探ること)を行っていた可能性があるとのことですが、これ以前の詳細な化石がないことから、コウモリがどのような動物から分岐して翼をもつようになったのか、いまだに不明なのです。
現在では、今からおよそ6,600万年前、小惑星の衝突により恐竜が空を飛ぶ翼竜たちと共に滅んだ時、地上で生き残った小形の哺乳類のうち、樹上生活をするようになった動物がやがて飛翼をもつに至り、活動範囲を広げていったという仮説が一般的となっています。
いずれにせよ、コウモリの進化の謎が明らかになるまでには、もう少し時間がかかりそうです。
コウモリはどこにいるの?
翼をもつコウモリは数kmから数百kmの距離の飛行が可能で、渡りをする種類もいます。こうした翼をもつために、コウモリの生息地域は気候が極端に厳しい南極や北極、高山やツンドラを除くすべての大陸と海洋島に及びます。
洞窟で休むコウモリ
コウモリというと、洞窟の中に体を逆さまにしてぶら下がっているイメージがありますが、岩山の洞穴以外にも、樹洞(木の幹にあいた空洞)、森林地帯、人家の屋根裏、トンネルなども住処としています。日本のコテングコウモリは昼間、灌木の茂み、樹皮の下のすき間ま、落ち葉の下などで休むこともあります。また、中央アメリカのコスタリカやパナマ、ホンジュラスには、昼間はヘリコニアという常緑多年草植物の大きな葉の下で群れで過ごすという、真っ白なシロヘラコウモリという珍しいコウモリもいます。
シロヘラコウモリ
日本にはどんなコウモリがいるの?
アジア全体では、440種類のコウモリがいます。その中で日本に棲むのはおよそ36種類。日本には約100種類の哺乳類がいるので、その約3分の1がコウモリということになります。ネズミ類の野生種が20種類であることから、日本にはネズミより多くの種類のコウモリがいることになります。
【日本にいるコウモリ】
オオコウモリ科(Pteropodiae)
オオコウモリ属(Pteropus)
○クビワオオコウモリ(P. dasymallus)
○オキナワオオコウモリ(P. loochoensis)絶滅種
○オガサワラオオコウモリ(P. pselaphon)
キクガシラコウモリ科(Rhinolophidae)
キクガシラコウモリ属(Rhinolophus)
○キクガシラコウモリ(R. ferrumequinum)
○コキクガシラコウモリ(R. cornutus)
○オキナワコキクガシラコウモリ(R. pumilus)
○ヤエヤマコキクガシラコウモリ(R. perditus)
カグラコウモリ科(Hipposideridae)
カグラコウモリ属(Hipposideros)
○カグラコウモリ(H. turpis)
ヒナコウモリ科(Vespertilionidae)
ホオヒゲコウモリ属(Myotis)
○クロアカコウモリ(M. formosus)
○モモジロコウモリ(M. macrodactylus)
○ドーベントンコウモリ(M. daubentonii)
○ホオヒゲコウモリ(M. mystacinus)
○クロホオヒゲコウモリ(M. pruinosus)
○ヒメホオヒゲコウモリ(M. ikonnikovi)
○カグヤコウモリ(M. frater)
○ノレンコウモリ(M. nattereri)
○ヤンバルホオヒゲコウモリ(M. yanbarensis)
アブラコウモリ属(Pipistrellu)
○アブラコウモリ(イエコウモリ)(P. abramus)
○モリアブラコウモリ(P. endoi)
○オオアブラコウモリ(P. savii)
○オガサワラアブラコウモリ(P. sturdeei )絶滅種
クビワコウモリ属(Eptesicus)
○キタクビワコウモリ(ヒメホリカワコウモリ)(E. nilssonii)
○クビワコウモリ(E. japonensis)
ヤマコウモリ属(Nyctalus)
○ヤマコウモリ(N. aviator)
○コヤマコウモリ(N. furvus)
ヒナコウモリ属(Vespertilio)
○ヒナコウモリ(V. superans)
チチブコウモリ属(Barbastella)
○チチブコウモリ(B. leucomelas)
ウサギコウモリ属(Plecotus)
○ウサギコウモリ(P. auritus)
ユビナガコウモリ属(Miniopterus)
○ユビナガコウモリ(M. fuliginosus)
○コユビナガコウモリ(リュウキュウユビナガコウモリ)(M. fuscus)
テングコウモリ属(Murina)
○テングコウモリ(M. leucogaster)
○リュウキュウテングコウモリ(M. ryukyuana)
○コテングコウモリ(M. ussuriensis)
○クチバテングコウモリ(M. tenebrosa)
オヒキコウモリ科(Molossidae)
オヒキコウモリ属(Tadarida)
○オヒキコウモリ(T. insignis)
○スミイロオヒキコウモリ(T. latouchei)
夕方になると街中でも空を飛ぶコウモリの姿を見ることがあります。そのコウモリは、アブラコウモリ。体長が3~3.5㎝ほどの小形のコウモリで、日本で唯一、市街地から平野部にかけ、人間が居住する建物やビル、地下空間のわずかな隙間に入り込み棲息するため、別名イエコウモリとも呼ばれています。
郊外に比べて気温が高い都市部(ヒートアイラインド現象)には、アブラコウモリの食物となる小形の昆虫がたくさんいるため、アブラコウモリもその数を増やしてきているのです。
アブラコウモリ以外のコウモリは、人間による森林の伐採と開発、そして地球温暖化の影響による自然環境の急激な変化により、棲息場所を追われ、絶滅危惧種に認定されている種類も多数あります。
コウモリの体はどうなっているの?
【大きさについて】
コウモリは種類によって体重3~60g(一円玉の重さは1g)から300~530gとかなり体の大きさが異なります。
【翼について】
コウモリの翼は鳥類とは異なり、羽毛で覆われているわけでなく、伸縮自在な皮膚の膜でできています。その膜を透かして見ると、長くなった5本の指が骨組みになっていることがよくわかります。
コウモリの骨格
第一指(親指)は小さく、先端にかぎ爪が生えています。このかぎ爪は排泄の時などに頭を上にしてぶら下がる時に用いています。皮膚の膜は第二指(人差し指)から後ろの足首までを覆い、薄い飛膜の中には細かい筋肉が発達しています。翼(飛膜)を鳥のようにはばたかせることで空気の流れを作り、翼の中の筋肉を微妙にコントールすることで翼の角度や向きを変え、急旋回や急降下などコウモリは実に自由自在に空を飛ぶことができるのです。
北米・中米に棲むオオミナミシタナガコウモリが飛ぶ様子
力強い翼とは反対に、後ろ足は力が弱く、さかさまにぶら下さがる程度の力しかありません。そのため、他の哺乳類の一部や鳥類のように後ろ足を使って歩行することは得意ではないのです。
【視力と聴力について】
コウモリは視力が弱い分、超音波を発して自分の位置を確認しているイメージがあります。しかし、そうした特徴をもつのは、夜行性で昆虫食のコウモリで、フルーツを主食とするオオコウモリは昼行性で、聴覚に頼らず、視覚や嗅覚によって食べ物を探しています。
オオコウモリは翼を広げると2mにも及ぶものもいる、大形のコウモリです。視覚によって飛行をするために他のコウモリとは異なり、目が大きく、鼻が前に突き出た哺乳類らしい顔をしています。その顔や好物などがから「フライング・フォックス(空飛ぶキツネ)」とか「フルーツ・バット」と呼ばれています。
オオコウモリ科の中でも小さいコケンショウフルーツコウモリ
昆虫食のコウモリは体が小さいものが多く、夜間に活動し視力は弱く、その反対に聴覚がとても発達しています。目は光を感知するための器官ですが、夜には光が少ないため、この使わない器官は小さくなったのでしょう。夜行性のこうしたコウモリは、喉頭(のど仏)を震わせて人間の耳には全く聞こえない周波数をもつ超音波を高周波から比較的低い周波数まで断続的に発します。中には鼻から超音波を出す珍しい種類のコウモリもいます。この超音波は一定ではなく、一定の周波数の超音波と周波数を変動させた超音波を組み合わせて複雑な超音波を出しているのです。この超音波は物にあたり、その反響(エコー)を耳介(耳全体のうち、外に張り出している部分)でキャッチし、その対象物が動いているのか静止しているのか、その対象物までの距離はどのくらいか、その対象物がどのくらいの大きさなのか、といった情報までコウモリは判断することができます。また、左耳と右耳での反響の時差や大きさの違いによって、水平方向に対する角度まで推測するができるのです。こうした超音波を発し、その反響(エコー)で距離や方向、大きさを知ることを「エコーロケーション(反響定位、もしくは反響位置測定)」と言います。超音波を聞き取るのに適応しているから、昆虫食で夜行性のコウモリの耳は大きいのです。鼻から超音波を発するコウモリは、鼻のまわりが複雑なひだ状になった鼻葉と呼ばれる鼻をもちます。この種類のコウモリは鼻から出す超音波で立体的に物を「見ている」ということが実験で確かめられています。
南米に棲むチビキミミコウモリ
吸血性コウモリのこと
「教えて、今泉先生!」の「コウモリは吸血鬼なの?」でも述べているように、コウモリの多くは昆虫食で、果物や花の蜜を食べる種類もいます。動物の血液を栄養源にする吸血性のコウモリは、南北アメリカに棲息するナミチスイコウモリ、シロチスイコウモリ、ケアシチスイコウモリの3種類だけです。チスイコウモリと呼びますが、実は血液を吸うのではなく、流れ出る血液をなめとっているのです。
ケアシチスイコウモリ
チスイコウモリも、虫を食べるふつうのコウモリのように、超音波を発し、その反響を受信しながら飛び回り、獲物を探知します。チスイコウモリの獲物となるものは、飛びまわる虫とは違い比較的大きく、ジッとしていることが多いから、虫を追うコウモリや魚を水中で捕らえるウオクイコウモリに比べれば、獲物の探知はさほど難しくありません。従い、チスイコウモリの超音波は、果物や花の蜜を食べるオオコウモリと同じように、虫や魚を捕らえるコウモリたちが出す超音波エネルギーの1,000分の1(100Hz~10kHz)と弱いのです。その代わりに視力がよく、夜行性の齧歯類ほどで、実際ラットと同程度(310lxで15mから見ることができる)だという結果もあります。
おもしろいのは、チスイコウモリはめったにイヌを襲わないという事実です。恐らく、ウシなど大きな動物よりもイヌの方が鋭い感覚をもっているからなのでしょう。イヌはコウモリの超音波がキャッチできるのかもしれません。
コウモリの子育て
小形コウモリの多くは繁殖活動を年に2回に分けています。つまり交尾期と出産期です。秋も終わりに近づく頃、彼らは冬眠する準備に入りますが、同時に交尾の季節を迎えます。冬に備え、皮下脂肪を貯えますが、交尾もまたその準備の一つなのです。通常、小形哺乳類の妊娠期間は短いため、交尾は春と秋に行い、出産、育児、巣立ちの過程を経て冬を迎えます。一方コウモリは、冬近い晩秋になってから交尾を行うのです。ところが精子は受精せず、そのままメスの子宮内に貯えられてしまいます。精子はそこで母体とともに冬眠して冬を越します。
春になると精子は再び活発になります。冬眠前、メスの排卵は止まっており、冬眠から覚めて活動し始めると排卵し、ただちに卵管内で受精が起こります。精子はオスの貯精嚢内に保存されているのと同じ状態に保たれるので、メスの子宮内で生き続けることができると考えられています。それにしても、一般に精子の寿命は数日と考えられているので、精子銀行のように冷凍保存するわけでもないのに、春まで精子が生きているというのは神秘です。
南ヨーロッパのユビナガコウモリは交尾も排卵も秋に行い、完全に妊娠しますが、母体の冬眠中は胎児の発育も非常に遅くなり、春になると出産すると言われています。ヨーロッパアブラコウモリは秋と春の2回交尾をしますが、同じ個体がするのかどうか、種全体から見ると、秋に交尾をするものがいれば春に交尾をするものもいるというのかどうか、よく分かっておらず、その仕組みは不明です。このような繁殖システムは、冬眠というリズムに適応して獲得された独特の習性なのでしょう。
ともかく、受精した後はヨーロッパユビナガコウモリを除き、ふつうの小形哺乳類と同様に発育し、およそ50~75日後の5~7月に生まれます。ほとんどが一仔であり、まれに双子が生まれます。
小形コウモリの赤ん坊
ふだん逆さまにぶら下がっているコウモリですが、出産時には頭を上にします。後足の爪でなく前肢、すなわち翼に残っている親指のかぎ爪でぶら下がります。そして、後足の間にある腿間膜という部位を腹の方に曲げて袋を作り、その中に子どもを産み落とします。生まれたばかりの子どもは目が見えず、体毛はありません。母親は胸にある乳首に子どもがたどり着けるように手助けし、ほかの動物がよくやるように体をきれいになめてあげます。子どもが乳首に吸いつくと、母親は逆さまになってふつうの姿勢となります。食べ物を捕りに出かけるときも子どもを胸に抱いたまま飛んでいきます。
子どもを連れて飛ぶオオコウモリ
2週間ほど母乳をあげて子どもを育てます。子育てをするのは、もっぱら母親で、父親が一緒にいることはありません。ただ、ウスイロヘラコウモリの父親だけは、背中に子どもを乗せて飛ぶこともあるようです。
2週間ほどすると、子どもの毛も生えそろいます。子どもは大抵、母親にしがみついていますが、小形コウモリの場合は子どもを残し、母親は捕食のために出かけます。母親は帰ってくると超音波で呼びかけ、子どももそれに反応し、親は決して他の子どもを自分の子どもと見誤ることはありません。
洞窟から飛び立つコウモリの群れ(タイ)