齧歯目は3つのグループに分けられ、1つはネズミ亜目で、2つ目がリス亜目のリスやムササビです。3つ目は、かつてはヤマアラシ亜目とされていましたが、近年分類が変わり、トビウサギ類、ビーバー・カンガルーネズミ類、それとヤマアラシ類の3つに細分化されました。でもよく見れば、古い分類とそれほどのちがいはありませんね。
このグループ全員の特徴はなんといっても前歯(門歯)です。上下の顎とも2本ずつあって、一生の間伸び続け、どんなに硬いものをかじっても歯がなくなってしまうということがないのです。
今泉先生が子どもの頃から興味をいだいていたというネズミの世界をのぞいてみましょう!
まずはネズミの歴史から
これまでネズミをはじめとする齧歯類の祖先は、北米で発掘された化石から、リスのような姿をもつパラミスであるとされてきました。しかし、パラミスのルーツはまだわかっていないので、現在のところ最古の化石がパラミスと考えればよいでしょう。小惑星の衝突による寒冷化で恐竜などが死滅する中、パラミスは6,500万年前から5,000万年前に出現したと考えられてきました。
最近、NY州立大学の研究チームが化石や分子の膨大なデータをスーパーコンピューターで解析し、ネズミのような外見をもつプロトゥンギュラトゥム・ドナエ(Protungulatum donnae)が、ネズミの祖先である可能性が高いとする説を発表しました。化石からするとこの動物は恐竜がまだ生存した白亜紀末に現れ、その後の大絶滅時代を生き延びた、とされます。この研究では、プロトゥンギュラトゥム・ドナエはモグラやネズミはもちろん、すべての哺乳類の祖先であり、鯨類や偶蹄類の祖先かもしれない髁節類に近縁の可能性があるとされています。この仲間からパラミスが登場したのかもしれません。しかし、今日でも世界中で生き物の進化に関する調査と研究が行われており、この説もいつか大きく覆ることもありえるのです。
いずれにせよ、こうした小形の哺乳類は恐竜と生活の場所の取り合いや、捕食される危険もなくなって生活空間が広がり、また、小惑星の衝突が残した寒冷な焦土の中でも外気が寒冷でも、体温を高く保てる恒温性という体の仕組みのおかげでたくましく生き残り、世界中に生活の場を広げていったと考えられています。
世界のネズミ、日本のネズミ
今、地球にいる生きものは、植物や菌類なども含めると1,000万種類以上。その中で最も種類の多いのは昆虫で、現在わかっているだけでも100万種類もいます。(実際には未発見の種類も含めて、500万種類 という説もあります。)鳥類、魚類、哺乳類、爬虫類、両生類といった脊椎動物の数は約6万2,000種類。その中で哺乳類は約6,000種類です。哺乳類のの中で一番繁栄しているのがネズミ目(齧歯目)で、日本のカヤネズミやパキスタンなどにいるバルチスタンコミミトビネズミなどの超小形のネズミから、動物園のの人気者カピバラ、そしてリスなどを含め、その種類は実に約2,000種類といわれ、南極を除くほぼ全ての大陸に生息しています。その内、小形の「ネズミ」(ネズミ上科)はおおよそ1,300種類が占めています。
一方、日本を基準に考えてみると、日本にいる動物は約5万種類。その中で哺乳類は約100種類、鳥類が約550種類、爬虫類が約80種類、両生類は64種類、昆虫が32,000種類(未発見の種類も入れるとおおよそ10万種類にのぼると予測されています)。哺乳類の中でネズミ類(ネズミ上科)の野生種は約20種類です。
【日本のネズミ】
ネズミ科(Muridae)
アマミトゲネズミ属(Tokudaia) 日本固有属
○アマミトゲネズミ(T. osimensis)日本(奄美大島)固有種。絶滅危惧種。
○オキナワトゲネズミ(T. muenninki)日本(沖縄島)固有種。絶滅危惧種。
カヤネズミ属(Micromys)
○カヤネズミ(M. minutus)
・ホンシュウカヤネズミ(M. m. hondonis)
・シコクカヤネズミ(M. m. japonicus)
・ツシマカヤネズミ(M. m. aokii)
アカネズミ属(Apodemus)
○アカネズミ(A. speciosus)日本固有種
・ホンドアカネズミ(A. s. speciosus)
・サドアカネズミ(A. s. sadoensis)
・ツシマアカネズミ(A. s. tusimaensis)
・セグロアカネズミ(A. s. dorsalis)
・オキアカネズミ(A. s. navigator)
・オオシマアカネズミ(A. s. insperatus)
・ミヤケアカネズミ(A. s. miyakensis)
・エゾアカネズミ(A. s. ainu)
○ハントウアカネズミ(A. peninsulae)
・カラフトアカネズミ(A. p. giliacus)
○ヒメネズミ(A. argenteus)日本固有種
・ホンドヒメネズミ(A. a. argenteus)
・エゾヒメネズミ(A. a. hokkaidi)
・オキヒメネズミ(A. a. celatus)
・ツシマヒメネズミ(A. a. sagax)
・ヤクシマヒメネズミ(A. s. yakui)
・タネヒメネズミ(A. a. tanei)
クマネズミ属(Rattus) 外来種
○クマネズミ(R. rattus)
・ニホンクマネズミ(R. r. tanezumi)
・ヨウシュクマネズミ(R. r. rattus)
○ドブネズミ(R. norvegicus)
・ニホンドブネズミ(R. n. caraco)
・ヨウシュドブネズミ(R. n. norvegicus)
ケナガネズミ属(Diplothrix) 日本固有属
○ケナガネズミ(D. legata)日本固有種
ハツカネズミ属(Mus)
○ハツカネズミ(M. musculus)
・ホンドハツカネズミ(M.m.molossinus)
・エゾハツカネズミ(M. m. yesonis)
・タネハツカネズミ(M. m. orii)
・ヨウシュハツカネズミ(M. m. musculus)
キヌゲネズミ科(Cricetidae)
ヤチネズミ属(Myodes =Clethrionomys)
○ムクゲネズミ(M. rex)
・ミヤマムクゲネズミ(M. r. montanus)
・リシリムクゲネズミ(M. r. rex)
○タイリクヤチネズミ(M. rufocanus)
・エゾヤチネズミ(M. r. bedfordiae)
○シコタンヤチネズミ(M. sikotanensis)
○ヒメヤチネズミ(M. rutilus)
・ミカドネズミ(M. r. mikado)
ビロードネズミ属(Eothenomys =Myodes)
○カゲネズミ(E. kageus)
○スミスネズミ(E. smithii)
○ニイガタヤチネズミ(E. niigatae)
○トウホクヤチネズミ(E. andersoni)
○ワカヤマヤチネズミ(E. imaizumii)
ハタネズミ属(Microtus)
○ニホンハタネズミ( montebelli)
・ホンドハタネズミ(M. m. montebelli)
・サドハタネズミ(M. m. brevicorpus)
マスクラット属(Ondatra)
○マスクラット(O. zibethicus)外来種
マスクラット
なお、ネズミ科およびキネゲネズミ科には含まれませんが、日本には、一般にネズミの仲間と思われている齧歯類としてヤマネ科(Gliridae)のヤマネ(Glirulus japonicus)、南米からの外来種であるヌートリア科(Myocastoridae)のヌートリア(Myocastor coypus)の2種 もいます。
ヌートリア
都会のネズミ、田舎のネズミ
日本のネズミはイソップ寓話の「都会のネズミと田舎のネズミ」のごとく家ネズミ」と「野ネズミ」に分けることができます。
「家ネズミ」は民家や地下鉄など私たちの生活圏内に生息するネズミで、日本の場合、ドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミの3種類。屋根裏を夜な夜な走り回ったり、家具をかじったり、糞をまき散らしたりと、人間にとって害獣とみなされる存在です。その他のネズミはすべて「野ネズミ」。野ネズミは野山などの自然環境の中で生きる野生のネズミです。
ドブネズミ
家ネズミのドブネズミやクマネズミの体長が15㎝から30㎝弱なのに対し、野ネズミは小形のものが多く、野山などの草木が生い茂り、隠れる場所が多いところに生息しています。ネズミは雑食ですが、野ネズミは木の実や樹皮、植物の根などを食べる種類もいます。家ネズミの寿命は1~2年ほどなのに対し、自然の中で暮らす野ネズミは天敵も多く、平均寿命は半年から1年くらいです。
小形のハツカネズミは家ネズミであり、野ネズミでもあります。人間の住む家や倉庫、商業施設から庭や田畑、河原や土手、そして砂丘に至まで生息をしています。繁殖力が他のネズミよりも高く、妊娠期間が20日のため、「ハツカネズミ」と呼ばれるようになったという説もあります。ハツカネズミというと、白くて赤い目のネズミを思い浮かべますが、これは特別なアルビノの品種で、実際には灰色がかった褐色のものが基本です。飼育されているハツカネズミには様々な色や柄のものが見られます。
ハツカネズミ
家ネズミはどうして世界中に広がったの?
家ネズミとは住家性のネズミ類のこと。つまり、人間の生活に依存して暮らすネズミという意味です。約 2,000種いるネズミ類のうちの3種だけが住家性で、ドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミです。もともとは中央アジアなどで野生生活をしていたのですが、何らかのきっかけで…おそらく彼らにとって快適な気候が続いたりして増殖し…大移動を開始したのです。そして食物を貯蔵したり廃棄したりする人間社会の隙間に入り込み、そこで暮らすことに成功したのです。日本では、縄文時代(紀元前14,000年頃 – 紀元前 10世紀)の貝塚から、ネズミの骨が出土しています。これが野生種なのかどうかはよく分かっていませんが、遅くとも縄文時代には人々の近くにネズミが生息をしていたということができるのです。
穀物の袋をかじるネズミ
これがなぜ世界中に広がったのか…それは、ネズミが環境に適応する能力と繁殖力が高いからに他なりません。「百獣の王」はその立派な風貌 からライオンだと言われていますが、世界のほぼ全域に生息し、小さな体で過酷な環境を生き抜くネズミこそ、本当の王だという学者もいるほどです。
種類や環境によって違うものの、ネズミの寿命は2〜3年ほど。生後5週間~3か月後には繁殖が可能で、その決して長くない一生のうち、多くが繁殖期間となります。交尾をすると100%妊娠をし、20日ほどで5~9匹を出産します。また、1年で5、6回も出産をするのです。生んだ子ネズミも瞬く間に成長し、どんどん出産を重ねていくので、1年に新たに生まれてくるネズミの数はとてつもない数になるというわけです。(日本では、「数が急激に増えること」を「ねずみ算」と言いますが、この語源はねずみの繁殖力からきているのです。)
このようにネズミの繁殖力が強いのには、訳があります。自然界では、ネズミは野生動物に捕食される危険にいつもさらされています。だからこそ、短い一生のうちに多くの子孫を残すことにより、絶滅を免れてきたのです。
繁殖力の高いネズミ
そして、その小さな体で船、列車、航空機などに積まれた荷物に入り込み、人間の移動にともなって、ネズミは世界各地に生活の場を広げてきたのです。かつては人間社会の隙間に潜んでいましたが、今や堂々と夜の繁華街の足元を闊歩しています。
ネズミの体の不思議
おもしろいのは、ネズミの歯。門歯(人間の前歯にあたります。)が上あごと下あごに各一対あり、歯根ができずに一生伸び続けるのです。どんな粗食を食べ続けても歯は適度なスピードで伸び続けるから、歯が減り過ぎて食べられなくなるということはないのです。
一方、ネズミの尾はどうしてあるのでしょうか。「モグラ」の「モグラっていつから地球にいるの?」で触れたように、初めての生命は海の中で生まれました。海の中で進化をとげた魚類の一部が地上に上がり、長い年月をかけて哺乳類や鳥類や爬虫類、両生類へと進化をしていったのです。魚の尾びれは、地上の生きものの尾として残っているというわけなのです。尾はその生きものによって色々な機能を果たしていますが、ネズミの場合には、尾は走る時には体のバランスを保ちます。落下しそうな時には巻きつけるものもいます。また、尾に栄養を蓄える種類のネズミもいます。
尻尾をじょうずに使うカヤネズミ
ネズミの感覚機能で最も優れているのは、聴覚。動物の中で一番優れていると言われています。人間の耳には聞こえない超音波(2万Hz以上の周波数)を聞き分け、ネズミ同士もこの超音波によって会話をしているのです。しかし、超低周波音は聞き取ることができていないようです。ネズミは触覚も優れています。ネズミは髭と体毛を使って振動を敏感に感知し、周囲の状況を判断しているのです。一方、ネズミは視覚は決して優れてはおらず、視力や色の識別能力は低く、物から30cm以上離れるとばんやりとしか見ることができず、動いているものを見分ける程度の視力しかありません。ネズミは夜行性ですが、暗い中をあまり視覚に頼らず、優れた聴覚と触覚で食べ物を見つけ、身の安全を守っているのです。また、味覚や嗅覚も優れ、記憶力や野生的な「カン(勘)」も鋭いことから、とても賢い動物のひとつと思われているのです。
ネズミの知恵を動物行動学的に考えてみよう
私たち日本人は昔からネズミには知恵があると感心してきました。確かにネズミは賢くて知恵があるようにみえます。この「ネズミの知恵」なるものの正体を動物行動学的に考えてみましょう。
ネズミには知恵があるという話の元は、天井裏に棲み着いたネズミを退治してやろうと昔の人が毒ダンゴを置いても捕れなかった、ということからきているのでしょう。ダンゴに毒が入っていることを見抜いているような、あるいはダンゴに糞や尿をひっかけていくといった人を馬鹿にしたような行動をとるからです。ネズミ捕りというワナをかけても同じです。ネズミは一日たってもワナにかからないし、毒ダンゴを食べないのがふつうです。直接観察してみると、ネズミはワナや毒ダンゴまで20cmくらいまでは近づきますが、それに気付くと何か恐ろしいものを見た時のように、さっと飛びのいて逃げてしまうのです。ネズミはワナや毒ダンゴの恐ろしさを知っているかのようです。
でも、ネズミは本当にネズミ捕りや毒ダンゴが危険なものと感じているわけではないのです。ネズミ捕りの代りに何でもないただの箱や、毒ダンゴの代りに立派に食べられるダンゴを置いてみるとわかります。ネズミはただの箱やおいしいダンゴに対しても同じような反応を示すからです。ネズミは単に『新しいもの』をさけているにすぎないのです。私たちも見慣れないものを見つけると不審物として一応警戒しますが、これと同じことです。
動物行動学ではこのネズミのような性質を「ネオホビア=新奇恐怖症」、つまり『新しいもの恐怖症』と呼んでいます。いつも見慣れている環境の中にポツンと新しいものがあると、調べてみようという好奇心は抑えられ、強い警戒心から生まれる恐怖心が起こるのです。ですから、ふだん自分の棲んでいる天井裏のネズミは、ワナや毒ダンゴという新しいものを見つけると恐怖心から警戒するわけです。
1日たっても2日たってもそれが置いてあると、恐怖心が少しずつなくなります。馴れです。尿や糞をひっかけることがあるのはこの時です。「新しいもの」はたとえ食べ物であっても、ネズミによっては自分の領地に侵入してきた不快な敵とみなすことがあり、自分の排泄物をかけることで、それを安心できるものにしようとするのです。さらに数日たつといつまでも置いてあるワナや毒餌にさらに慣れていきます。新しいもの恐怖症が次第に収まると、反対に調べてみようとする好奇心が強くなってきます。怖いけれどそれが何なのか調べずにはいられなくなるのです。ワナでも毒ダンゴでも匂いを嗅いで調べたり、いきなり飛びのいたりします。
さらに数日たつと、ワナの入口に入る素振りを見せたりしてさらに調べます。毒ダンゴだと一咬みしてみます。いきなりすべては食べません。おかげでたとえ猛毒であっても軽い下痢ていどで済むことが多いのです。でもその苦しい経験は毒ダンゴと結びつき、二度とそれを食べることはありません。苦しんでいる姿を見た別のネズミは毒ダンゴは危険だと警戒し、メスだったら自分の子どもに伝えるでしょう。こうした恐怖心、警戒心、そして好奇心が絡み合ったものが、いわゆる「ネズミの知恵」と呼ばれる行動なのです。